(株)作本工務店


日本の建築大工について私論を述べます・・・。


作本博昭のプロフィール

1 日本における建築技術の変遷

1.1 日本建築技術の幕開け法隆寺(BC7c)

中国大陸から朝鮮半島を経由して仏教が伝わった。その時に高度な建築技術も伝播された。

それまでの日本の建築は扠首(さす)といわれる屋根構造の骨組みに植物の萱などを葺いた小規模で原始的な建物が多かった。キャンプなどで使われるテントのようなものを想像されるとよい。

百済から来た建築技術集団はそれまでになかった大規模な構造、瓦というハイテクな建築部材を用いて、飛鳥寺(現存せず)法隆寺(現存)四天王寺(復元)などを手がけた。当時の日本人は今までは想像もできなかった建物に舌を巻いただろう。



法隆寺 金堂

その中で「差し金」という道具が構造物の「墨付け」に用いられた。差し金は分度器のように角度を表現するときに用いられる。複雑な屋根構造を加工するに先立って木材を切ったり、穴を開けたりする時の印を入れることを「墨付け」という。

日本の建築大工は職業神を「聖徳太子」として崇めている。大阪にある四天王寺には「番匠堂(ばんしょうどう)」という祠があって差し金を持った聖徳太子を祀っている。

四天王寺 番匠堂


差し金を使った墨付けの技術は「規矩術(きくじゅつ)」と呼ばれ、3次元の立体構造物を建築する際に2次元の木資材に墨付けを行う作業の時に利用される。


1.2 木割(きわり)

桃山時代から江戸時代にかけて(BC1600年前後)城下町の建設が各地で行われた。短期間に多くの建物を建築する際に標準設計のようなものが自然発生的に出来上がった。

部屋の間取りが決まると天井高さや柱の大きさ、建具の大きさなどが比例関係によって決まる仕組みである。木割があれば矩計(かなばかり)=断面詳細図=は省略できる。部材の比例が体系化された設計規準ともいうべき木割は全国から集まって来た多くの職人が一度に同じ仕様の建物を建てる際に極めて便利なものとなった。

伝統的な座敷空間の構成には木割という秩序のあるプロポーションが必要になる。

茶室というカジュアルな空間構成にも木割は欠かせない。

木割は大工の建築技術の重要な知識として綿々と受け継がれてきたが、明治時代(BC1868〜)に西洋建築が導入され、画一性が否定され、創作の自由を失うものと排斥されてしまった。

現在では和風建築としての座敷空間を創造する場合には木割が応用されている。


1.3 木造の耐震性

日本は地震国で今までに何回も多くの地震に被害を受けてきた。濃尾地震(BC1891 死者7273人)で大きな被害を受けた後、西洋建築の発想から三角構面を利用した筋違(すじかい)を用いた耐震壁が地震に有効として木造建築に奨励された。それまでは貫(ぬき)といわれる柱と柱を繋ぐ板材を水平に緊結させて水平力に対抗していたのである。

先の阪神大震災(BC1995 死者6000人)では古い木造住宅に多くの被害が出た。原因は地震に対抗すべき耐震壁の絶対数量が不足していたことと耐震壁の仕様が不十分であったのである。

貫構造では貫そのものの部材断面が不足していたこと、貫と柱を緊結すべく楔が十分に効いていなかったことが大きな原因であった。貫構造の耐震性が十分に検証されていないので今のところ耐震壁とは推奨されていない。

また、筋違による耐震壁も柱、梁との接合部の不十分さや建物隅部に発生する引き抜き力に対処するために金物やボルトを併用する仕様となっている。パネルによる面材の耐力壁は欧米で多用されているツーバイフォーと同じ構造原理であり施工性や設計思想を考えるとこの方法がこれからの主流になるような気がする。

地震、台風には筋違と呼ばれる斜材と構造用合板と呼ばれる面材で抵抗する。

建物隅部には地震や台風による横力に浮き上がりが生じる。

それに対抗するためホールダウンといわれるアンカーボルトが使用される。





2 日本における建築技術の現状

2.1 日本の建築構法

日本の木造住宅は以下の方法が採用されている。

柱、梁を構造材とする「在来軸組構法」と呼ばれるもの。いわゆる、ヨーロッパのハーフティンバーのような軸組による構成。

ツーバイフォー工法。但し、シェアはまだ低い。

プレハブ工法。大手のメーカーが手がける工場生産を主とする構法である。ツーバイフォーのようなパネル工法であるが、材料は必ずしも木材ではなく、鉄材なども多用されている。シェアは資本力、宣伝力などによって在来工法を追いやってしまった。

日本の大工にとっては「在来軸組構法」が伝統的な職人の技が発揮できる分野であると思われている。しかしながら、聖徳太子以来の規矩術を駆使した差し金を用いての墨付け、手工具による木材加工よりもCAD,CAMによるプレカット工法が席捲しているのが現状である。

すなわち、コストの面、生産性、合理性などすべての面で高度な機械技術を併用した生産方法が建築の分野でも従来の手作業から取って代わられたというのが実情である。

差し金を用いての墨付け



2.2 大工道具

つい最近までは金槌、鑿(のみ)、鉋、手のこなどの手道具が主流であった。

しかし、時代の流れで安価で高性能な電動工具が次々とデビューし、初心者からベテランの大工までが電動工具の愛用者となっている。主に用いられえるのは電動丸ノコ、エアコンプレッサーによる釘打ち機、ビスを高強度で締め付けるインパクトドライバー(コードレス)、などで他には電動カンナ、電動カッター(溝を付ける機械)なども用いられる。最近ではレーザー光線を応用した垂直線、水平線を自動的にライン状に照射する光学器械も出回っている。

但し、電動工具には次のような欠点もある。中には高価なものもある、操作を誤ると深刻な事故に結びつく、職人の技能の熟練度が出にくい、すべての建築技能を電動工具が網羅するわけではない、などが挙げられる。

ベテラン大工でも日常の作業は電動工具を多用する


電動工具は初心者でもすぐに一人前の職人の技能に追いつける利点はあるが、電動工具からは高度な職人技は生まれないというのが職人の共通した認識である。裏を返せば電動工具の守備範囲でしか技術力が発揮できないのであれば、それは建築技能の低下と評価されても仕方がない。

伝統技術の知識と修練度および電動工具、手道具の習熟度が大工の技能を評価する上での大きな要素になっている。


自分の手道具を披露する若き大工



電動工具は次々と優れた製品が世に出て来ています。(先端を変えて多様な用い方を行う)

電動工具:傾斜丸ノコ、これさえあれば精密な角度切りができます。


2.3 規矩術

3次元の勾配を2次元の勾配に差し金を用いて変換する技術と言ってよい。差し金は西洋式にいうと分度器の役目を果たす。

西洋式算術によると勾配はsin、cosなどで表されその値はテーラー展開などにより計算される。一方、規矩術で用いる「勾(こう)」、「殳(こ)」、「玄(げん)」は水平方向の殳に対して垂直方向の勾を表現するので単純な割り算で表すことができる。

これらの「勾(こう)」、「殳(こ)」、「玄(げん)」を応用すれば2次元で構成される「切り妻屋根」に対して3次元の広がりを持つ「寄せ棟屋根」の墨付けを行う際に力を発揮できる。

規矩術は先人たちから営々と受け継がれてきた世界に誇れる伝統技法であるが、近年の多様な建築技術の広がりやプレカットの技術により必ずしも大工の必須技能ではなくなってしまった。

使わない技能は不要な技能となりいずれ消え去っていく。現役の大工で規矩術に精通している者は今ではほんのわずかしかいない。


2.4技能検定

大工の技能のレベルを評価する国家検定がある。「建築大工」にはそのレベルにより1〜3級があり、屋根架構のエッセンスを取り出した課題が出される。制限時間内に原寸図を描いて支給された木材に墨付けを行って加工し組み立てる。

道具は手道具だけと限定される。

一方、「枠組壁工法」いわゆるツーバイフォーにも検定があり同じように寄せ棟洋小屋が課題として出される。こちらの方は電動工具のみが持込を許可されている。

建築大工 技能検定の課題

原寸図の作成(複雑な3次元は規矩術だけではまかないきれず展開図の作成が必要)

墨付けを行った後は手のこで木材を切断する。

同じく、墨付けの後にのみにより仕口部分の穴を開ける。



そして、加工した木材を組み立てる。




3 日本の大工の現状

3.1 大工の人数

ある統計によれば20年前までは93万人いた大工は現在では60万人にまで減少したといわれている。

日本の子供たちが将来なりたい職業にいつも上位である大工がなぜ減少し続けているのか?

様々な理由が挙げられる。日本語で言う3K、即ち仕事がきつい、汚い、危険という労働環境の未整備がまず挙げられる。

しかし、現場の視点で見ると職業としての不安定さが一番であると思う。ほとんどが受注生産で忙しい時と暇な時の差があまりに大きい。大工は生身の体で生産活動を行う。機械で物を作る訳ではないので極端な長時間労働や生産の溜め置きができない。いわば忙しすぎても仕事が消化できないし、暇であれば休業の補償はないに等しい。このような労働条件では優秀な人材は集まらない。

かつては大工に憧れていた子供たちも成長するにつれてそのことに気づき始め、やがては大工以外の職業に就くのである。

3.2 大工の収入

大工の労務費は大きく分けて常用(じょうよう)と手間請(うけ)がある。常用は一日いくらという金額を決めて働いた日数を掛ける。手間請けとはある建物の大きさに応じて面積単価をあらかじめ決めておき完成時に支払う形態をいう。常用の単価は20,000円〜25,000円程度。

建設労働団体が掲げる標準日当は27,500円であるが実情ではその程度の賃金をもらっている大工は極めて少数である。

手間請けの場合、概ね20,000円/uが相場で大工のスピードにもよるが常用に換算してもほぼ同じ金額になる。

年収にして約600万円。この数字は日本人全体の所得から見れば残念ながら低い数字といわざるを得ない。

安い仕事しかしないから低所得に甘んじているのか、技能による差が出ないから需要と供給のバランスからその金額に落ち着くのかわからないが、電動工具の発達やプレカットの普及などで誰でも短期間に一人前に近い大工の技能が身についてしまうことが大きな原因かもしれない。

大工として高収入を期待するならば他の大工にはない特別な技術を身に付けるしか方法はないであろう。いわゆる機械ではできない職人業が他の大工との決定的な差をつける要因になるだろう。

3.3 減少する大工

大工の技術が大幅に低下したとよく言われる。確かにその指摘は正しい。

古い建物を見ると職人技というか、腕を振るった当時の大工の心意気が感じ取られることも多い。私自身その職業に就いているので素人以上にその感は強い。時代は変わり、今は手間をかけずにそこそこ合格点を取れるぐらいの技量で(即ちクレームが出ない程度に)、早く、安くというものが暗黙の了解で大工職人に求められている。

電動工具はそういう要求に素直に応じてくれる優れた道具である。電動工具を使う方にとってもあまり体力も要らないし早く作業ができる。また、場合によっては手道具よりきれいに仕上がることも多い。手道具しかできない加工は設計段階で敬遠されるのでそれらを発揮できるチャンスもない。

かくして、組立てだけが大工の技術になってしまった。組立てという作業は単純作業にも映るが実は工場で生産されたパーツをロスなく正確に完成させるという義務が生じる。当然、図面や仕様書を読解する能力が要求されかつての親方からの徒弟制度だけでは不十分になってしまう。

こういった構造的な問題を国土交通省も危惧し6年前から「大工育成塾」という教育機関を設立し今日までに多くの若者を伝統技法もできる大工として養成している。従来ならば徒弟制度によって10年かかるといわれていた養成期間をわずか3年で一人前にしようとする画期的な試みで随所にその工夫が施されている。

こういった地道な教育が今後、日本の大工の減少に歯止めがかかることを期待したい。



・・・以下、続きます。